進化する“味”と“おもてなし”で、京都の伝統を守り至高の時間を提供する「杦(SEN)」

「一流の京料理をゆったり心ゆくまで堪能できるお店がある」。美食家の間でこう囁かれているのが、五条柳馬場にひっそりと佇む「杦(SEN)」。京都の市中では、こうした情報が口コミで伝わってゆく。暖かみのある暖簾と格子戸の向こうには、どのような世界観があるのだろう?本場京都で京料理店を営むのはどんな方なのだろう?今評判のお店を訪ねて、店主兼料理長の杉澤健さんにお話しを伺いました。

厳しい修行時代からつながる、「感謝」の想い

――最初に杉澤さんの経歴を教えてください。

杉澤さん まず私は京都府亀岡市の出身です。高校時代から手に職をつけたいと考え、歴史も好きだったため京都で料理人になろうと思い京都市内に出てきました。当時は和食以外の職人になることは考えていませんでした。

その修行時代にもっともお世話になったのが「室町和久傳」で、8年間教わりました。このお店(杦)を開く時も「杉の旧字が杦」ということで、和久傳の「久」を使わせて欲しいと女将さんにお願いしたところ、快く許していただいたので、ホッと一安心したのを覚えています。ただ当時はとても厳しかったですけどね(笑)。

――修行時代のお話に興味が沸きます。

杉澤さん 私がよく言われていたのは「料理は出来て当たり前」、「料理人は山ほどいる」ということでした。魚を下ろすのは、毎日やっていれば誰でも出来るようになります。その技術を覚えるのは当たり前のことで、日々の献立もしかり、お客様の仕草や会話の端々から「察する」ことが大切だと常に言われていました。

と言っても、今だから解かることも多く、当時は言われたことの意味をどれだけ理解していたかは怪しいです。しかし独立された先輩も皆成功されていることからも、和久傳で教わったことは正しいのだと確信を持っています。

――当時の厳しさは愛であったと感じますか?

杉澤さん 今の自分はそう思いますし、本当に感謝しかありません。ただ厳しいのは日本料理を覚えるために必要な時間だと今は思います。例えば朝の9時にお店に入って、1時間休憩をはさんで8時間働いたら18時になります。これは、ちゃんとした和食を作るには「仕込み」だけで必要な時間なんです。すると実際にお客様が来られる時間に退勤しないといけなくなりますから、現代の“働き方”という目線では成り立ちません。

これは決して根性論などではなく、料理人がきっちり仕事を果たすためには、そのくらいの時間を要するということです。日本料理という文化の継承について危惧する人は多いですし、私は妥協をせずお客様をお迎えすることが「おもてなし」の基本だと考えています。

「おもてなし」の心が、日々成長を促す

――杉澤さんのこだわりは「おもてなし」なのですね。

杉澤さん ずっとそう叩きこまれてきましたので。自分が美味しいと思う食材を使わないとモチベーションも上がらないですし、お客様に失礼でお出しできないですよね。ただ食材も気候の変動や農家さん、漁師さんも代替わりや閉業もありますから、常にアンテナを張って探し続けています。

また流通もそうですし時代も動いています。「杦(SEN)」では毎月料理を変えていますが、その月の中でも何度か変更を加えます。お客様との会話であったり、反応を見て食材を変更したり切り方を変えたりもします。スタッフからは嫌がられますし、私も昔は「昨日と違う…」と不満に思っていましたけど(笑)、今になれば何故変更していたのかが解りますね。

――今も日々修行で成長の機会という印象を受けました。

杉澤さん やはり料理は奥が深いですね。私も一通りの仕事を覚えて自信を持たせてもらって、イギリス在住の美食家の方のプライベートシェフも務め、「住まいも全て用意するので、家族も呼んで続けて欲しい」と好条件を提示してもらったという自負もあります。それでも去年や一昨年の献立を見返した時に「若かったな」とか「エゴが出てたな」と気づくことがあります。だからこそですが、和久傳の女将さんから何度も言われた「実るほど頭が下がる稲穂かな」の意味を年々重く感じています。

お客様から教わる、京都の粋と流儀

――その他に学んだ場などありましたら是非教えてください。

杉澤さん 和久傳の後に祇園で料理屋の店長を4年させてもらいました。この頃に京都の旦那衆と呼ばれるお客様たちから、時には厳しく教わりました。京都のしきたりから器のあれこれもそうでした。

接客についても然りで、お見送りで外に出たタイミングで「あれはアカンで、次から気をつけや」と言葉を頂戴することもあります。立ち返ると全て私のためで、そこには愛しかないんですよね。今も大切に使わせて頂いている器類や「杦(SEN)」の暖簾も頂きものです。「物の価値が分かったやろうから、大事に使うんやで」くらいの応援の気持ちを頂いたのだと思います。そういう所に京都の旦那衆の“粋”を感じました。

――和久傳で料理人として育ててもらい、祇園で京都を教わられて、今評判の「杦」が誕生したのですね。

杉澤さん 恐れ多いですが、今でもお客様からお客様を紹介していただいたりしますから、やはり仕事の中身で自分の成長を示すことが、感謝の気持ちを伝えることだと思っています。

お昼は京都の方がほとんどですが、夜は京都の方が半分、残りは京都以外からお越しいただくお客様で、更にその半分は海外の方という感じです。京都の方にも認められ、遠方から来られる方には京都の魅力をお伝えする。料理は出来て当たり前。季節感や伝統、ひいては文化までに触れて、気負わず楽しんでいただくことが、京都で料理を覚えさせてもらった私ができる「おもてなし」だと思います。

落ち着きと風情が同居する、五条エリア

――京料理に携わるということは、京都の日本の文化を継承するお仕事なのだと知った思いです。ところでなぜこの場所を選ばれたのでしょう?

杉澤さん 元々、私の地元亀岡から車で出てくると、このエリアに1本道(国道9号線から1号線が直結)で出てくるので、この辺りの風景にはとても馴染みがありました。そして今の大家さんと紹介して下さった方が共通の知人というご縁で候補に上がりました。

五条通りから正面に大きく眺める清水、東山も壮観ですよね。決め手となったのは、五条通りから一筋入っただけで落ち着いた雰囲気になりますし、三条や四条の活気も良いと思うのですが、同じ鴨川でものんびり散歩が出来る五条界隈の方が心地よく感じます。そして建物も京都らしい佇まいであることが気に入っていて、季節を感じられるよう飾り付けには気をつけています。それが風景に溶け込む街並みも私のお気に入りの点です。

――他にこのエリアの魅力を感じるところがあれば是非教えて下さい。

杉澤さん 地下鉄の「五条駅」と京阪の「清水五条駅」が近いので、交通の利便性はとても良いエリアです。それなのにガチャガチャとしていない、穏やかな雰囲気が私は好きです。

それに、魅力的な飲食店が数多くあります。すぐに思いつくだけでも、フランス料理やレバノン料理、高級立食い蕎麦の人気店もあります。お出汁の「うね乃」さんが出されているテイクアウトお惣菜のお店も、無添加の本格お出汁を使われていて魅力的です。あと私の先輩にあたる「宮ざわ」さんも、このエリアにお店を構えておられます。考えてみたら、このエリアに魅力を感じて出店されている方は少なくないですね。

――五条は穏やかな雰囲気ながら飲食の名店が多く存在するのですね。最後に杉澤さんから京都で料理に携わる立場からメッセージをお願いします。

杉澤さん 京都は景観もそうですが、文化と伝統を守ってきた街です。私も京料理に関わる者として、これからも全力でお客様に喜んでいただける「おもてなし」をしてゆく所存です。財を成した方には、文化の継承のために一役買っていただきたいと願っています。昔に作られた器は今も大切に使われています。こうした器ひとつでも、そこにお金を使う人がいないと続かなくなってしまいますし、また新しい文化も生まれません。

私も微力ながら本物の料理を提供し続けて継承していくことが、これまで育てていただいた皆様への恩返しであると肝に銘じて精進してまいります。本日はありがとうございました。

杦(SEN)

店主兼料理長 杉澤 健さん
所在地:京都府京都市下京区五条通柳馬場上ル塩竈町379
電話番号:075-361-8873
URL:https://kyoto-sen.com/
※この情報は2023(令和5)年8月時点のものです。